ある日、夜中の2時にドアホンが鳴った。
「こんな時間に誰?」
なにか急用があり、誰かが来たのかもしれない、と思いモニターを確認した。
誰もいない。
しばらく見ていたが、誰も訪れない。
気にはなったが、その日はそのまま寝てしまった。
それから、同じようなことが数回あった。
当初は「ピンポンダッシュ」のいたずらかと思っていた。
ところが、ある別の日、深夜にドアホンが鳴った。
「まただ!」と思い、すぐにモニターを見た。
すると、男がひとり、ドアの前で立っている。
受話器をあげ、「はい」と答えた。
男は、何も言わないので、
「なんですか?」と聞くと、
「あの……、ここの水道はお宅のですか?」
と言った。
マンションの外の水道を指しているのだろうが、この時間だ。
それに、家には私と、幼い子どもが二人だけ。
子どもたちは、いびきをかいてぐっすり眠っている。
私は、
「今、何時だと思っているんですか?」
と声を荒げた。
ちょうど気持ちよく寝ていた時間帯に、起こされたのだ。
「もしかして、今までも夜中にドアホンを鳴らしました?」
と、けんか腰に聞いた。男は、
「はい。あの。え~と……。ここの水道はお宅のだって聞いたもので……。え~と……」
と、ブツブツ言っている。
「お宅の水道」に関しては心当たりがある。
マンションの外の水道を勝手に汲んで持っていったり、使っている人がいたので、「使わないでくれ」と注意したことがある。
そのとき、「うちの水道です」と言った記憶はある。
それは、マンションの住人全員が払っている、という意味で言ったのだ。
だが、この人物に言った記憶はない。
そうだとしても、深夜に問い合わせるような内容ではない。
だから、
「うちのではなくて、このマンションのです! いったい何が言いたいのですか?」
と聞くと、男は、それには答えず、
「あの……。看護師さんなんですか?」
と言ってきた。
「は? 」
と返すと、男は、
「外のベランダにナース服が干してあったからね、看護師さんなのかなって。ここのマンションの裏に、看護師さんの寮があるんですよ。だからね。看護師さんかなって……」
と、男はモソモソしながら、言っている。
気持ちが悪くなったが、真面目に、
「違いますけど?」と答えた。
ナース服は、心療内科で勤務していたころの制服だ。
そこでは、制服は自分で洗って管理する決まりになっていたのだ。
男は、ナース服にこだわっているのか、
「あれ、違うの。なんで。ナース服。ナース服はなんで。あれ……」
と、ダラダラとしゃべっている。
「いい加減にして! 何時だと思ってるの? 警察呼びますよ!」
と言うと、男は納得しないというように、玄関の前をウロウロした。
子どもたちもいるので、すぐさま110番通報をした。
ずっとモニターを観察していたら、警察官がやってきて男に
「ここで何をしているの?」と質問していた。
男がなんて答えたかは聞き取れなかったが、警官が
「ここは人の家の前だよ」
「夜中になんで人の家をピンポンしたりするの?」
「深夜だからみんな寝てるんだよ」
などと言ってる声が聞こえた。
警官からこの場を立ち去るよう指示されると、男は白いヘルメットをかぶり、バイクで去ったようだった。
その後、警察官が巡回を強化してくれた。
度々「あれから男は来ていないか?」と聞きにきてくれたり、「深夜帯、重点的に巡回して不審な人物には職質をしています」と声をかけてくれたことに、本当に感謝している。
おかげで、深夜にピンポンが鳴ることはなくなったが、以前、盗まれた下着が、ビリビリに破かれ、玄関先の傘の中に入っていたことがある。
それ以来、ふつうに洗濯物を干すことができない。
警戒はしていたが、引っ越してからも、2階で干していた洗濯物に「釣り針と糸」がひっかっているのを見つけた。
「こんなもの使ってまで、人の洗濯物を盗みたいのか」と呆れたことがある
。
他にも、いろんなことがあったが、私のそういった恐怖は、言っても理解されるものではないという経験も加わった。
深夜にピンポンされて怖かった体験は、「あなたのせいだ」という心ないママ友もいた。
私の容姿のせいだから、私が悪いらしい。
そういった訳の分からない言葉に、意味もなく傷ついたりした。
昼間は何気なく接している人たちも、何を考えているのかわからない。
水道のことといい、どこで誰に監視されているのか。
などが、気にかかるようにもなった。
もともと人見知りなうえに、その経験がさらに拍車をかけ、自閉的で、人間不信におちいる原因となった気がする。
そういえば、そのころ私は、枕元に「トンカチ」を置いていた気がする。
今おもうと……やっぱりバカだな(笑)
もっと長いものじゃないと www
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