~雪のなかの百合~
ある町に、ごくごく普通の親子が暮らしていた。
母の雪枝は、息子である百合人(ゆりひと)が、勉強もせずに遊び呆けていることに不満を持っていた。
「ちゃんと宿題をしてから遊びなさい!」「勉強はどうしたの!?」
と叱っても、
「わかってる」
と言いながら毎日、友だちと家の前で遊んでいた。
ある時、雪枝は、
「自分は、こんなに百合人のことを想い、仕事をしながら掃除や洗濯をこなし、百合人の好きな料理をこしらえている。学校の行事に参加したり、百合人の好きな習い事だって習わせている。百合人のために、塾にも行かせ、高い英会話の授業料も払っている。
それなのに、百合人はちっとも言うこときかない。
私の苦労なんて、これぽっちもわかってくれなくて、感謝もしない」
と、自分勝手に遊んでばかりいる百合人に、腹を立てた。
「そんなに遊びたかったら、ずっと遊んでなさい! もう帰ってこなくていいよ!」
と言い、玄関の鍵をしめた。
百合人は、玄関の前で泣いているようだったが、しばらくすると自転車に乗る音がして、そのまま道路へと自転車を走らせたようだった。
雪枝は、まだ怒りが治まらず、外へは出ていかなかったが、「どこへ行くのだろう」と気になって仕方がなかった。
その時、家の前の道路で「ドンっ!!」という音がした。
雪枝の脳裏に、(百合人が事故にあった)と浮かんだ。
雪枝は、裸足のまま玄関を出て「百合人!」と叫んだ。
全身から血の気がひいて、雪枝は一瞬のうちに全てを後悔した。
どうして叱ったの?どうして玄関をしめたの?どうして、あの時自転車に乗る百合人をとめなかったの?どうして、百合人より勉強のほうが大事だったの?
闇とともに、悪魔が、雪枝を地獄へと引きずりこんだ。真っ黒い渦に飲み込まれ、落ちていく。
フッと場面が変わるかのように、雪枝の目に映る風景が途切れたかと思うと「ママ……」とささやく声がした。
雪枝が後ろを振り返ると、自転車にまたがった百合人がいた。
「ママ……、ごめんなさい。いい子でいるから」
「ううん、百合人、ママが悪かったの」
家の前の道路には、車は一台も通っておらず、人っ子ひとり居なかった。
(あの「ドンッ!!」という音は、いったいどこから聞こえてきたのだろう……)
雪枝の冷たい心にも、素直に向き合った百合人。強くて暖かい心を、身に着けた。
その後、雪枝は、百合人が毎日、遊んでいられることに感謝をした。百合人が、笑って楽しそうにしている姿を、心から有難いと思うようになった。
明日があることは、当たり前なんかじゃない。

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