はりついて、貼りついて、張り付いてPart 2

雑記
この記事は約3分で読めます。

前回の続き。

『家で繁殖させたマウスがぷっくり太ったから蛇に食べさせる』

という動画が「おすすめ」としてYouTubeに出てきたことについて。

はじめは、

「こんな動画、誰が見るんだ!」

と思った。

「こんなもの見て、楽しい人がいるはずない」

と思った。

怖くて観られなかったのだが、再生しなくても、YouTubeは最近勝手に動画が流れていく。

流れていた動画の中身には、

何段も積み上げられたプラスチックの衣装ケースの中で、マウスだか、モルモットだかを飼育しているようだった。

そして無造作に、生きたマウスを取り出しているところだけは観た。

そのマウスを飼っている蛇に与えるのだろうが、その先は怖くて観ることができなかった。

自然界では当然のことなのだから、そのユーチューバーを批判するのも、おかしいのかもしれない。

ただ、何となく卑怯な感じがする。

逃げることができない状況で飼育され、蛇に食べられるときも逃げることができないって、何だかすごく不平等な気がしてしまうのだ。

ただ餌になるためだけに飼育されていたことを、最後に知ったら悲しいだろうな、

と考えてしまう私がいる。

そのユーチューバーの人にとって、マウスとはどんな存在なのだろうと考えた。

真っ先に思いついたのは、

「お金」

だった(笑)

昔の人にとって、家畜はお金だ。

お金を太らせるのは当然のことだ。

お金を肥えさせて、その先はどうする……。

「わからんけど、今の時代、活餌を与えなくたってさぁ……」

と思ったところで、ハッとした。

じゃあ、そのユーチューバーにとっての、蛇とはどんな存在なんだろう?

と考えたとき、

「あー、そうか。私にとっての愛犬だ」

とわかった。

他人を理解するって難しい。

しかも、私は愛犬たちに

”買ってきた餌”

を与えているんだから。

自分で、牛や豚を飼育して、殺して、与えているわけじゃない。

そう考えたら、私のほうがよっぽど卑怯だな。

と思い知った。

スーパーで買ってきた肉や魚を与えているのに、蛇にマウスを与える人を、批判してしまうのだから。

いかに自分のことをわかっていないか、ということだ。

しかし、わかったところで、その動画を観ようとは思えない。

だから未だに、蛾の気持ちも、マウスの気持ちも分からないままだ。

誰かの命に変わっていくことが、どんな感じなのか想像もできない。

「命を使う」と書いて、「使命」と読む。

使命って、なんだろう。

スーパーで買ってきた”命”では、わからないことが多い。

「卑怯だな~、私って」

と思いながら一日中張り付いて、全力で、その思考から逃げた。

幸福を探した。

だって、”地球は残酷” ってことを考えていたら、生きていけない。

それこそ精神を病んでしまう。

人間って、ややこしい生き物だ。

そして、歳だけくっても、人を理解できないでいる。

とにかく、自分ができない仕事をしてくれる人がいることに感謝をした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました