嫌いなヤツも「けっこう好き」No.1

心理
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どこへ行っても

「嫌な人」

「好きになれない人」

というのはいるものだ。

一度「嫌い」と思うと、

その人のやることなすことが、気にいらない。

頑張って「良い部分」を見ようと思ったって、次の瞬間に裏切られる。

「あー、やっぱり良いところなんて見ようとして損した」

という気分になる。

特に、職場なんていう「逃げたくても逃げられない場所」に嫌なヤツがいると、憂鬱な気分になるものだ。

毎日、顔を合わせるのも嫌だ。

「仕事だから」

「大人だから」

「上手くやらなきゃいけない」

と、何でもないふりをして、愛想をふりまく自分までも嫌になる。

かといって、本心をなんでも「ズケズケ」言うのも、違うと思う。

考え方が違うからって、自分が絶対正しいわけではない。

嫌いだからって、「嫌いな態度」をとって相手を傷つけるのは単なる「イジメ」だ。

それでも一緒に仕事をしなきゃいけない。

うまくやらないと、仕事にだって響いてくる。

そんなとき私は、ブログの記事を考えるようにした。

「ブログ」ってすごーくいい!と思う。

嫌なヤツが気になりだしたら、

「あー、次の記事、何書こうかな?」

「途中の記事があったけど、話をどう持っていこうかな」

「困ったな、全然思い浮かばない」

なんてことを考えるのだ。

そうすると、そんなヤツどうでもよくなる。

「こいつにかまってる暇はないんだっけ、私」

となる。

自分がやりたいこと、自分を成長させることに、意識を集中させると、他のことはどうでもよくなる。

他人を気にするのは馬鹿らしいと思える。

それに本来、「トラブルを起こすことが大好き」なんて人はいないのだ。

みんな本当は「上手くやっていきたい」と思っている。

そういえば(笑)

前に私は、秘かに見てしまったことがある。

同じ職場のその人は、被害妄想が激しくて些細なことを「自分は嫌がらせを受けている」などと言う人だった。

別に誰も、嫌がらせなんかしていないのだが、だんだんとホントに「嫌なヤツ」と思うようになっていった。

みんなに嫌われるようになったのだ。

私も「面倒なことを言うヤツだ」と思っていた。

でもあるとき、その人は、休憩時間に「FP]の資格の本を読んでいた。

おまけに、腹筋をつけるため「シックスパッド」をこっそり付けているようだ。

「へえ~、やるじゃん」

と、上から目線だが感心した。

被害妄想もなくなって「嫌われていること」も気にしてないように見える。

気にするよりも「見返してやる!」と思ったかどうかは知らないが、きっと意識を「自分の内側」に持っていったのだろう。

そうなると

「ちょっとカッコイイ」。

不思議なことに、こちらがそう思うようになると「面倒なこと」を言うこともなくなったのだ。

そればかりか、みんなに差し入れまでするようになって、すっかり「先を歩いている」。

よぉ~し、私も負けないぞ!

頑張ったからワインを飲もう(笑)

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