その4「書くためのハードルを勝手に上げている」
面接で本当のことを言ったら「落とされた」という経験を持つのは私だけだろうか?
若い頃だからしょうがない、と思っていたら、歳をとっても落とされた。
やっぱり面接とは「本当のことを言ってはいけない」場所らしい。
面接では「自己紹介を簡単にしてくれ」と言われる。
私のような人間にとって「簡単にする」というのは、非常に難しいのだ。
どの辺を削除して、どの辺を抜粋すれば「簡単な自己紹介」になるのだろう?簡単って1分? それとも3分ぐらい?
今まで面接を受けてきて、私が言いたいことを「ピタリ」と受け止めてくれた人は、たった二人だけだ。
そういう人に会うと「この人は心を読めるのか?」と思うが、そういうことではなくて、似たような経験を重ねているからのようだ。
自分と同じ経験をもっている人とは、言葉足らずでも言いたいことが通じる。
逆にまったく別の人生を歩んできた人間とは、座って3秒ぐらいで帰りたくなる。
「どんな言葉を使っても受け入れてくれない」と感じるからだ。
もしくは、受かるためには、その人物の価値観に合わせた「答え」を出さなくてはいけない。
面接を受ける立場、面接をする立場の両方の経験からしても、面接なんてものは、本当のことは言わないものだ。
だいたい職場で見せている顔なんて、100個あるうちの1つぐらいなんだから、面接だけでは分からなくて当然だ。
「2023年から『風の時代』に突入した」とよく聞く。
これからは学歴とか権威は通用しなくなるというが、となると「履歴書」もいらない。
新しい時代では、「履歴書はブログをみてください」とか言う時代になったらいいな、と思いながら、このブログを書いている。
そういうことで、プロフィールを書くことのハードルが上がっているのだ。
ちなみに、自己紹介についての本で、横川裕之さん著「すごい自己紹介」という本がある。
この本のなかで「自信とは自分を信じることではない」と書かれたところがある。
これは、私もまったく同感である。
この本の中で書かれている「自然を信じる」ということを、私は「不思議な体験」として宇宙から教えてもらったことがある。
この話はいつか、ブログで紹介できたらいいなと思っている。
横川裕之さん著「すごい自己紹介」では、この自然を信じることを論理的に説明している部分がある。
「人は必ずその人にしかない役割がある」ということを木下晴弘さんの話から抜粋されている。
これが終わったら次回は「人の役割について」を、私なりに、私らしく、記事にしてみたい。
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